【概要】
冷蔵! 冷蔵! 冷蔵!! 冷凍! 冷凍! 冷凍!!
皆さんの家には冷蔵庫はありますか? 食品を長持ちさせる冷蔵の技術は、食品流通・販売に革命を起こす可能性を秘めていましたし、実際にそれが一般化した結果、私たちを取り巻く食品のあり方は変貌を遂げることになりました。
日本における冷蔵技術の黎明期、ほんの一瞬だけ存在した会社がありました。葛原冷蔵株式会社は大正11年〜14年まであった会社で、積極的な冷凍・冷蔵設備への投資を行いました。すなわち漁港や船舶に冷凍・冷蔵設備を展開したわけです。
ところが当時まだ冷凍・冷蔵された食品への需要が高くなく、資金繰りは急速に悪化し、経営者の葛原猪平は経営から退き、資産は他社の手に渡ることになってしまいます。
それでも。私は思うのですが、たまに先見の明がありすぎる人がいます。葛原には現代の私たちのような暮らしが見えていたのかもしれません。私は北海道岩内町の事例しか読んだことがないのですが(植田展大「戦間期の需要の変化に対応した水産食品生産地域の展開 岩内郡岩内町を事例として」(『社会経済史学』86巻1号、2020))葛原の経営の時代からあまり時をおかず、昭和初期には冷蔵技術を漁港が持つことで、貯蔵の観点からその漁港の優位性が高まり、かつ流通の可能性が広がっていったようです。
絵葉書からは本邦初の食品冷蔵・冷凍に挑戦した葛原冷蔵の経営の雰囲気が伝わってきます。また時あたかも関東大震災にあたり、皇室に冷蔵品(魚介のほかアイスクリームも見えます)に献上した様子もわかります。このほかこの震災の際には冷凍魚を一般の人にも無料配布したと伝わります。様々な事業を企図した葛原猪平の実業家としての威勢の良さを感じさせます。
【内容】4枚
冷蔵船満光丸鯛積取作業ノ一部/大阪冷蔵庫機械室/葛原冷蔵株式会社建設に尽瘁セル人々 中央葛原社長 左ゼンクス氏 右フイーラン氏/摂政宮殿下御慶事ノ際献上品
【撮影・作成年代】大正12(1923)年〜大正14(1925)年
関東大震災以降、葛原冷蔵の倒産まで。大正13年頃の作成でしょうか。
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